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大阪地方裁判所 昭和45年(手ワ)2280号 判決 1972年9月29日

原告 アスキネツクス・リミテツド

右訴訟代理人弁護士 帆足昭夫

同 馬木昇

右訴訟復代理人弁護士 マイケル・エー・ブラウン

同 中祖博司

同 高橋正明

被告 田中健

右訴訟代理人弁護士 萩野益三郎

同 丹羽教裕

同 塚本宏明

主文

被告は原告に対し、金六一、六八四、一五四円とこれに対する昭和四五年一二月一五日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は、被告の負担とする。

この判決は、原告が金二〇、〇〇〇、〇〇〇円の担保を供するときは、仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、原告

主文第一、二項同旨の判決ならびに仮執行宣言

二、被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決。

第二、当事者の主張

一、請求原因

1.原告は、訴外明電産業株式会社に宛て別紙手形目録記載の為替手形五通を振出し、右訴外会社は右手形各通を引受けた。

2.被告は、右訴外会社のために、右手形各通に保証をした。

3.株式会社大和銀行は、右手形各通を各満期の日に支払場所で支払のため呈示したが何れも支払を拒絶され、原告は右各手形の返還を受けて現にこれを所持している。

4.右各手形の振出(署名)地は英国ロンドン市、保証(署名)地は大阪府である。

5.よって、原告は被告に対し、右各手形の元本合計金六四、九三四、一五四円(額面合計金一三五、四八六・三七米ドルおよび四八、五二五・七一カナダドルの満期の日における邦貨換算価)の一部である金六一、六八四、一五四円およびこれに対する各満期の日の後である昭和四五年一二月一五日から完済まで手形法所定年六分の割合による利息の支払を求める。

二、請求原因事実に対する認否

請求原因1項は認める。

同二項は否認する。被告が本件各手形の裏面にローマ字で「ケイ・タナカ」と手書したことは認めるが、「ケイ・タナカ」は被告の氏名(タナカタケシであってタナカケンではない)ないし通称ではないから、これをもって被告の署名とはいえない。又、被告に手形保証の意思はなかった。

請求原因3項は不知。

三、抗弁

仮に右「ケイ・タナカ」との記載が被告の署名と認められるとしても

1.(要素の錯誤)被告が本件各手形の裏面に署名をしたのは、訴外明電産業株式会社が原告から輸入する毛皮類を被告が確に買取る旨を明らかにするためであって、右意思表示はその重要な部分に錯誤があるから無効である。

2.(詐欺による意思表示)原告は被告に対し、本件各手形の裏面に被告の署名を求めるのは、前項のとおり、被告が確に商品を引取る旨を明らかにするためであるといって被告をだまして、保証文言の記入されていない各手形の裏面に署名をさせた。

よって、被告は原告に対し、昭和四六年二月九日の本件口頭弁論期日において、右手形行為を取消す旨の意思表示をした。

四、抗弁事実に対する認否

全部否認する。

第三証拠<省略>。

理由

一、(基本手形の成立)為替手形上の行為の方式は、署名をなしたる地の属する国の法律によりこれを定むべきところ(手形法第八九条第一項)、本件各手形の振出(署名)地が英国ロンドン市であり、保証(署名)地が大阪府であることを被告は明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。よって、先ず本件各手形が基本手形の要件を具備するか否かをみるに、<証拠>によれば、手形面上、単純なる支払委託文言のほか別紙手形目録表示のとおりの各記載のあることが認められる。従って、本件各手形は、英国手形法第三条の規定する基本手形の要件を具備するものと認められる。

二、(手形保証の方式)手形保証の方式については、前記のとおり、我国の手形法(以下単に手形法というときは、我国の手形法をさす)にてらして判断すべきものである。<証拠>によれば、本件各手形の裏面には何れも「支払人による支払を保証するため」と英語でタイプされたすぐ下に、手書のローマ字で、「ケイ・タナカ」と記載されていることが認められる(但し、甲第四・第五号証の各二については、右「支払人による支払を保証するため」との記載は、「ケイ・タナカ」のローマ字のすぐ上ではなく、「ケイ・タナカ」の記載の上にある「ジエイ・ヨシダ」なるローマ字の記載の上方に見出される)。右「ケイ・タナカ」とのローマ字による記載は、その位置・態様から見て明らかに保証文言を受けた保証人の署名と認められるから(被告の署名と認められるか否かは後述)、本件各手形の裏面になされた手形保証は、その方式において、手形法第三一条の規定する要件を満たすものといえる。

三、(被告の手形行為)本件各手形の裏面に記載された「ケイ・タナカ」とのローマ字が被告の自署であることは当事者間に争いがない。

(1)被告は、右記載は、引受人である訴外明電産業株式会社(以下明電産業という)が原告から輸入する毛皮類を被告が明電産業から買取る旨を示すために記載したものであって、手形保証の意思はなかった、と主張するが、<証拠>を綜合すれば、おおよそ次の事実が認められる。

即ち、被告は昭和二五年ごろから毛皮商の仕事に従事し、昭和三六年ごろ田中毛皮株式会社(以下田中毛皮という)が設立されるやその専務となり、同四二年ごろからは兄である先代社長田中啓蔵の後をついで代表取締役となり現在に至っていること、明電産業とは昭和三五、六年ごろから取引を始め、田中毛皮の仕入れる毛皮類の三、四〇パーセントは明電産業を通じたものであること、原告からは昭和四〇年前後から明電産業を通して毛皮類を買入れていたこと、そのころから原告が代金取立のために明電産業宛振出した為替手形の裏面に「ケイ・タナカ」とローマ字で署名していたこと、右署名をするについては明電産業の代表取締役であるジエー・吉田こと韓益俊から田中啓蔵に対し、明電産業が原告から輸入する毛皮類を田中毛皮が引取ることを明らかにする趣旨である旨説明され、右啓蔵はそのように信じていたこと、啓蔵に代って田中毛皮の代表取締役となった被告も、韓益俊から右同様の説明を受けて、同人から求められるまま原告振出の為替手形の裏面に「ケイ・タナカ」とローマ字で署名をしてきたこと、昭和四四年五月一二日現在原告の手許には、原告振出、明電産業引受、裏面に「ジエー・ヨシダ」および「ケイ・タナカ」と署名のある為替手形が二〇通(満期同年六月六日ないし同年九月二一日)と田中毛皮引受の為替手形一通(満期同年八月一七日)があったこと、同年五月七日ごろ韓から原告宛に、六月満期の手形の支払を延期してくれるよう申入れがあり、次で七月満期の手形についても右同様の申入があり、原告と韓との間で種々交渉を重ねた結果、右六・七月満期の手形についてその三分の一を明電産業が支払い、残り三分の二については満期を六ケ月くりのべる旨の合意が成立し、原告から明電産業宛右合意に基く内容の新手形が振り出されたこと、右振出に当っては原告から明電産業に対し「ジエー・ヨシダ」および「ケイ・タナカ」の個人保証が必要である旨強調したこと、しかるに明電産業から原告に対し「ケイ・タナカ」の署名のない為替手形が送付されてきたため、原告は韓の違約を強く責め、「ケイ・タナカ」の署名のない限り手形の書替には応じられない旨言明し、結局六月一五・六日ごろに至り「ジエー・ヨシダ」および「ケイ・タナカ」の署名のある本件各手形が明電産業から原告宛送付されてきたこと、以上の事実が認められる。

右の事実に後記認定事実をあわせ考えれば、被告が明電産業のために手形保証をする意思で、本件各手形の裏面に「ケイ・タナカ」と署名をしたことが推認できる。

被告は、英語が分らないので本件各手形の裏面に署名をする際それが手形であることすら知らなかったと主張するが、右主張にそう<証拠>は、田中毛皮が昭和四〇年ごろから外国と取引をし、被告も適用でヨーロッパ等へ行ったことのある点(被告本人尋問の結果により認められる)などを考慮すると、たやすく信用することはできず、田中毛皮の取締役である証人高山勇が「昭和四二年ごろには手形であることを知っていました」と供述していること、原告宛に本件手形とは別の為替手形に田中毛皮が引受をし、被告が裏面に署名をしたものを送っていることなどの点から判断すると、被告が本件各手形に署名する際、それが手形であることを認識していたことが認められる。

そして、先に認定したとおり、被告は当初は韓益俊に求められるまま、手形の裏面に「ケー・タナカ」と署名していたが、次第に韓の説明に不審を抱くようになり、その結果、<証拠>をあわせ考えれば、韓が原告に対して手形の支払の猶予を申入れた時期とほぼ同じ昭和四四年五月一〇日ごろ、ユニバーサル・トレイダース・リミテッドの横山裕美に命じて、原告に対し手形裏面に被告の署名が必要な理由を手紙で照会させたことが認められ、<証拠>に右照会をした事実および先に認定したとおりその後一ケ月程して本件各手形に被告の署名がなされている事実、その間被告から再照会などをしたた形跡のないことなどを綜合すると、被告は横山を通じて前記照会に対する原告の回答を了知したことが推認できる。従って被告が本件各手形の裏面に「ケイ・タナカ」と署名をした際には、それが明電産業の支払を保証する趣旨であることを認識していたものと認められる。

(2)なお、被告は、「ケイ・タナカ」は被告の氏名ないし通称ではないから署名をしたとはいえない、と主張するが、手形法にいう署名は、そこに用いられた名称が必ずしも氏名ないし通称であることを要せず、行為者を特定するに足る名称であればよいと解されるところ、先に認定したように、被告が、原告振出、明電産業引受にかかる為替手形の裏面に署名する際は、常に「ケイ・タナカ」とローマ字で署名をしていたのであるから、本件各手形の裏面に被告が右名称を手書したことは、正に手形法にいう署名をしたことにほかならない。

(3)そして、手形法第三一条第二、三項によれば、本件の如く手形の裏面に手形保証をなす場合には、署名のほかに保証文言の記載が必要であるが、甲第一ないし第五号証の各二、乙第一号証の各裏面における保証文言と署名の位置関係・態様(特に、甲第二号証の二の裏面では、保証文言のタイプと被告の署名の上端が重なっている点、甲第四、五号証の各二の裏面では、「ジエー・ヨシダ」の署名と「ケイ・タナカ」の署名の間隔が狭く保証文言は「ジエー・ヨシダ」の署名の上部にのみ記載されている点)に原告代表者、被告本人各尋問の結果を綜合すると、被告が本件各手形の裏面に署名をした際には、「ジエー・ヨシダ」の署名はあったが保証文言の記載はなく、現に手形裏面に存する保証文言は、その後原告がこれを記載したものと認められる。そして、保証文言の記載を要件と定める前記法条も、他の手形要件の記載と同様、後に所持人が適法に補充することを妨げるものではないと解されるところ、先に判示したとおり、被告は明電産業のために手形保証をする意思で、本件各手形の裏面に署名をしたことが認められるから、韓益俊を通じて原告に右手形を送付する際、原告が明電産業を被保証人とする保証文言を記入することを容認し、原告に右趣旨の補充権を与えたことが推認できる。従って、その後原告が明電産業を被保証人とする保証文言を記入したことは、右補充権に基くものとして適法であり、ここに被告の手形保証は有効に成立したというべきである。

四、(手形保証の効力)手形保証人の義務の効力については、後記抗弁を含め、行為地法によるべきところ(手形法第九〇条第二項)、前記のとおり本件各手形保証の行為地は大阪府であるから、準拠法は我国手形法である。よって以下判断を進めるに、原告が本件各手形を振出し、明電産業がこれを引受けたことは当事者間に争いがなく、大和銀行が各満期の日に支払場所で支払呈示したことは甲第一ないし第五号証の各二(拒絶証書―その成立に争いはない)によって認められ、原告が現に本件各手形を所持することは当裁判所に顕著である。よって左記抗弁事実の存在が認められない限り、被告は本件手形金の支払義務を免れない。

(1)「要素の錯誤」の抗弁について

先に認定したとおり、被告は明電産業の支払を保証する意思で本件各手形の裏面に署名をなしたのであるから、被告の意思表示に錯誤はなく、右抗弁は理由がない。

(2)「詐欺による意思表示」の抗弁について

前項同様の理由により、被告が誤信して本件各手形の裏面に署名をなした事実は認められず、被告の主張は理由がない。よって被告の抗弁は、すべて理由がない。

五、(結論)以上のところから、原告の本訴請求は理由があるのでこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を仮執行宣言につき同第一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 大東一雄)

<以下省略>

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